小江戸川越のシンボル 時の鐘
一番街のくらづくりの町並みの中心に高くそびえる小江戸川越のシンボル『時の鐘』。
鐘撞堂(かねつきどう)とも呼ばれ長く川越の人々に親しまれています。
三層の木造楼でやぐらの高さは約16メートル。
川越のランドマークでもあり一度は写真やメディアで見たことがある方が多いのではないでしょうか。
時の鐘の歴史
時の鐘は、江戸時代の初期、酒井忠勝が川越城主の頃、多賀町(現・幸町)に創建されました。
忠勝は常に時間を守ることに徹底した人だったといわれています。
城中で家臣から学問を受けるときも時計を置いて正確に時間を守っていました。
江戸城登城の時間もいつも正確で周囲から時計代わりにされていたと伝えられています。
川越城の城内中央にも時を知らせる太鼓櫓を設けるなどの徹底ぶりでした。
その後何度か焼失、現在のものは明治26(1893)年の川越大火の翌年に再建された4代目となります。
鐘楼に残る銘文などによると、当時の高額寄付者に渋沢栄一らの名前が挙げられています。
残したい日本の音風景百選
平成8年、環境省(当時環境庁)では、
「全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残していきたいと願っている音の聞こえる環境(音風景)を広く公募し、音環境を保全する上で特に意義があると認められるもの」として
「残したい“日本の音風景100選”」を選定しました。
川越市では、江戸時代初期から時を告げてきた「時の鐘」が認定されました。
現在、時の鐘は1日4回(6時、正午、15時、18時)に各6回づつ鐘を撞いて、時を報せています。
薬師神社
時の鐘の足元をくぐり奥にすすむと薬師神社へと続いています。
薬師神社は「五穀豊穣」、「家運隆昌」、「病気平癒」、特に眼病に御利益があるといわれています。
右奥にある稲荷神社は、出世、開運、合格に著しいご利益があるといわれています。
境内からは時の鐘の鐘つきの棒がよく見えるため多くの観光客で賑わっています。